未来という言葉は、いつからか光沢を帯びたガラスのような哀しい寂しさを纏い始めた。静寂で、清潔で、合理的で、冷房の効いた箱の中に人間を押し込め、「こここそ人類の進歩である」と言わんばかりの風景が、20世紀以降の我々の未来像となってしまった。
しかし考えてみれば、これは奇妙な話である。人間という生き物は、そもそも騒音と風雨の只中で育ち、自然界の不規則さを受け入れながら、そこに自分の居場所を見つけてきた。文明が高度になればなるほど、人はかえって自分の身体の原初的能力を忘れていく。まるで自分の歴史を見失った旅人のように、どこにも帰る場所がない未来へ向かって歩き続ける。未来とは、過去への逃避ではなく、時の流れの中でこぼれ落ちたものを再び拾い上げる営みなのである。
東日本大震災の前のことになるが、バリ島のジャングルでケチャの調べに身を委ねた。漆黒の夜空に火の粉が立ち上る。音の洪水に身を委ねた。日本に戻ってその録音を再生すると、ケチャは背景のバックグラウンドノイズに埋もれてしまい、ほとんど聞き取れない。最初は機材の故障かと思った。その後、大橋力という音の世界の巨人から示唆を受けた。私たちの感覚器官は、必要な情報だけを選び取るようにできているという事実である。人の命は静寂の中で瞬けない。清流に魚は棲み難い。静寂というものは、実のところ人間には不自然である。現代建築が防音と密閉を競い合うなかで、子どもたちはむしろ落ち着きを失っていく。それは静けさの欠如ではなく、世界とのつながりが断たれてしまったことへの本能的な不安なのだろう。
Fuji Kindergarten の滑り戸をすべて開け放ち、境界という境界を曖昧にすると、子どもたちは、ごく自然に健康な知識の海に身を委ねている。建築の機能性では説明できない。むしろ、世界からの“余白となる音”が、子どもの心を支えているのである。文明の発達とは、環境の制御能力を高める営みであった。司馬遼太郎が『街道をゆく』で繰り返し述べたように、「歴史とは必ずしも進歩ではなく、『得たものと同じだけ、あるいはそれ以上のものを失っていく過程』」でもある。屋根の上で暮らす Roof House は、その失われゆくものへの小さな抵抗である。屋根が冷えれば使わず、暖まれば人が自然と集まる。そこには温度調節装置もマニュアルもない。あるのは、環境に合わせて身体が判断するという当たり前の知恵である。
日本人は暑い夏の盛りに50度の砂浜へと繰り出し、マイナス20度のゲレンデでスキーに勤しむ。この矛盾した行動を可能にしているのは、文明ではなく、人間そのものの生命力である。人は矛盾の海を泳ぎわたる命である。現代の学校建築は、まるでコンピュータの倉庫のように徹底して管理されている。子どもを「壊れやすい精密機械」とでも思っているのか。「水に濡れてはいけない、砂が入ってはいけない、騒いではいけない、走ってはいけない、」と禁止の羅列の中で子どもは育てられている。実際の子どもは、濡れれば乾くより健康になり、転べば立ち上がる。。スマートフォンよりよほど頑丈で、しなやかである。身体こそが世界と出会う最初の窓なのだ。
未来の学校は、声が響き、風が抜け、光が揺れ、世界のざわめきが子どもの身体に届く場所であるべきだと私は思う。それは昔の風景を復元するという意味ではない。進歩が置き去りにした“人間の本質”を未来に取り戻すということだ。世界とつながる自由、環境に自ら合わせていく知恵、不完全さの中にある伸びやかさ。人は困難に立ち向かい、叢に埋もれた朧げな路を探し続ける。私たちが人間であり続けるために。



