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世界遺産それともガラパゴス

2025/11/18

創始者効果という歴史がある。「現世人類の祖先がアフリカでわずか1280人の繁殖個体にまで減少し、そこから約十万年ものあいだ、絶滅の縁に立たされていたことが示唆されている。」(p157 ホモ・サピエンス30万年) 93万年前から83万年前にかけての出来事であるという。生物学的にこの種の集団は特定の病気に罹りやすい事が知られている。過去ではペストやスペイン風邪。現代ではCOVID19がそれに相当する。この種の病原体の蔓延は集まって棲むという人間の本質に起因する。その集まるという現象が顕著に発現した形が都市である。かつて多くの都市がこの種の病原体により消失している。現代の都市が存続できるようになったのは、近世では下水道の普及、近代ではワクチンという技術の普及による。今なお人類が増殖し続けているのは、この病原体の脅威を、知恵により辛うじて潜り抜けて来たからに過ぎない。

ミトコンドリアを遡ると、約20万年前に存在した一人の女性から現代の人類が枝分かれした事が知られている。ミトコンドリアというのは生命体の細胞の中に独立して存在する生命体で、細胞核の中にある遺伝情報とは別個に存在する。面白い点は、ミトコンドリアの遺伝情報は女系によってのみ伝達されるところである。細胞核の遺伝情報は交配というプロセスでシャッフルされ、更新を繰り返す事ができるのに対し、ミトコンドリアは変異と絶滅というプロセスでしか進化する事ができない。よってミトコンドリアの歴史を辿れば、特定の母に行き着く事ができるのだという。言い換えれば男性の遺伝情報は交配というプロセスの中でほぼ半分に分解される過程を繰り返し限りなく希釈されているので、今の所研究者は特定のアダムに行き着く事が出来ていない。

多様性がある都市は強い。特定の「創始者効果」を繰り返してきた集団は、病原体だけではなく、様々な危機に対して弱くなる。特には絶滅危惧種となる。人類という種族のスープには、元々1280というごく限られた具材しか入れられていない。ミトコンドリアに至ってはたった一人のイヴから受け継がれている。その具材がさらに選り分けられると、さらに強い創始者効果が生まれる。

日本は創始者効果が強く発現している集団である。かつて地続きであった大陸から多様な人種が到来し、今の日本人の原型が出来上がっている。その後気候や地殻の変動により海が生まれ、日本という島国が生まれた。その狭い島国の中で存在していた多様な具材が混じり合って出来たのが現在の日本である。日本国内は比類ない交通システムで繋がれている。故にその具材は混じり合い、いつのまにか多様性が失われ、日本人というステレオタイプが生まれるに至った。

これは遺伝的側面だけではない。文化的側面でもある。日本全国の駅はどこへ行っても同じになった。これを自然淘汰が齎らす帰結であるということもできる。一方で集団の強さという側面から見ると、危険な兆候であるともいえる。地域性という現象に分類する事ができる具材が消え失せると、次の段階への対応力が失われる。島であるということは、日本という国の独自性維持する為には有利に働いてきた。その一方でその行き着く先も考えねばならない。ガラパゴス化である。ガラパゴス諸島は大陸から遠く乖離していたが故に、飛べない鳥やノロノロとしか動けないイグアナやゾウガメが生存する事が出来た。これを素晴らしい遺産と捉えることもできる。その一方でこれは絶滅危惧種の動物園と捉えることもできる。日本には多くの世界遺産が存在する。その一方で産業や経済面で弱さを露呈しつつある。行政は様々な世界の変化に対応する事が出来なくなっている。飛べない鳥を守るために、動物園の周りに壁を作る。動物園の動物である日本人は、毎日与えられる餌に満足し、外へ出ることを渇望しなくなる。明治維新で動物園の柵は壊れたかに見えた。しかし未だその柵は存在している。見えない形で。飛べない鳥やイグアナが徘徊する日本。世界に出るとその日本を誇りに思うと同時に危機感を覚える。そう思うのは私だけだろうか。

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