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三日目 その二 タワン僧院

2022/12/2

州知事のペマ・カンドゥ氏を訪問する。これから先のサポートをお願いするためである。彼はモンパ族出身の数少ない政治家である。頑張ってサポートすると力強い言葉を頂いた。ただしどういったサポートが得られるのかはまだわからない。しかし応援団は多い方がよい。お願いに行ったら、木のお椀とボールペンを頂いた。知事宅はガードが硬い。紛争地帯の近いからであろう。高い塀と槍が生えた鉄扉に囲まれている。事態は決して楽ではないことを思い知らされる。ここは平和ボケした日本とは全く違う。戦争は現在進行形なのだ。ちなみにこの地域は外国人の入境を許していない。外国人を入れ始めると、中国との国境がややこしいことになるからだ。もちろんモンパ族の文化を守るという体面ではあるが、文化保護といった生優しさは感じられない。ちなみに私はタワンより奥に入れた初の日本人だそうである。なるほど、大歓迎されるわけである。パンダより貴重かもしれない。そんな状況とは露知らず、無邪気な私は状況を愉しんでいた。いつものことであるが、私はお調子者で後で後悔することが多い。日本人の体面を保つべく行儀良くしようと思う。

タワン修道院はインドに国内最大のチベット仏教寺院である。もともと石造の風合い豊かな歴史的建造物であったが、最近鉄筋コンクリートに作り直されてしまったという。地元の大反対もあったが、止められなかったそうである。ひと昔前の日本ではよく起きていた。「昔そっくりであるし、もっと綺麗になった。」と再建派の人は主張する。そういう人たちは知らないのだ。とんでもない損失をしているということを。本物の二つとない天目茶碗を、100円ショップのプリント柄の茶碗と取り替えてしまうようなものである。しかしかつての日本でこういう愚行を止められなかったように、どうしようもないのだ。30年ほど前に道路を真っ直ぐ通したいために重要文化財の古墳を壊し、そっくりな古墳を隣に作り直したら、重要文化財指定を取り消されたと怒っていた代議士がいた。なぜかと説明したがその人はどうしてもわかってくれなかった。とはいえ、ここでは僧院の大半、本堂以外はコンクリート化の愚行を免れ、昔ながらの風合いを保っている。ただしなぜが屋根は全部スレートからトタン鉄板に葺き替えられている。建築家という職業病が出てきた。まずい。 少々苦情はあるが、そんなそぶりは少しも見せずに日本人らしく振る舞うことにした。人の家の設えに苦情を言うほど私は愚かではない。他人の家では良いところだけを見る。これは基本である。一度肝が据わると、チベット寺院の歌舞伎町ネオン色の極色彩が急に極楽浄土の風景に見えてくるから不思議だ。日本では渋く薄汚れた木肌こそ威厳の源泉だとおもっていたが、今や私の心はモンパ族。全てが有難い。真ん中の大仏様を拝む前に、壁際の仏様を一体ずつ拝んで廻る。なぜかどの仏様も高級なオーディマピゲの時計のように、厳重にガラスショーケースに入っている。これもいつのまにか慣れてしまった。そういえば一般参賀の時の天皇陛下もガラスケースの中に入られている。何も間違っていない。多分間違っていないんじゃないかな。まあいい。お堂を丁寧に拝みながら一周するするうちに心が洗濯したてのワイシャツのようにパリッとしてきた。最後に御堂の真ん中で座って大仏様を見上げていると、観光客に後ろから写真を撮られた。黒いフード付きの長いコートを着ていたせいで、信心深い僧侶の一人だと思われたらしい。実際その気になった。

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