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子供二人連れ外遊珍道中(父の友 第二回)

2022/8/22

 我々、夫婦は海外出張が多い。そのさいは極力子供をつれて回るようにしている。或いは子供をつれて回らざるを得ない事情に陥っている。子持ちの海外出張は大変である。通常子持ちカップルの場合、夫婦交代で子供を見るのであろうが、我々の場合はそうは行かない。いつも夫婦で一つの建築作品を作っているのであるから、講演会や展覧会に招待されるときはいつも二人同時である。

 勿論家庭の事情を釈明して講演者を一人にしてもらうこともできるが、それが重要な場であればあるほど二人で行きたい。それに子供二人を押し付けられたまま残された方の気持ちを考えれば、家庭不和の素である。そして子供達に世界の広さを小さいときから体験させてやりたい。自分で自分の道を見つけ出す目を養ってやりたい。何より少しでも家族といる時間を増やしたい。

 以前、上の娘一人の時は楽だった。生後五カ月の娘を連れてボストンへ出かけた時、彼女は大人しく講演会の間、腕に抱かれていた。外出する時だって、ナップザックを前向きに背負うのと同じような感覚である。精々、時々水漏れ事故(おもらし)が生じる程度だ。妻のコートに包まれ、前向きに抱えられた娘は、襟の間から頭だけを出して、雪の大学キャンパスをご機嫌で眺めていた。映画「トータルリコール」でミュータントが「オープンユアマインド」と言いながら、お腹から顔を出すシーンがあるが、あんな感じ。結構可愛い。国籍を問わず通りすがりの人々が、「オーマイゴッド」と結構喜んでくれた。

 ところが子どもが二人となると大変である。娘も三歳になり重たいので私が、一歳の息子は妻が抱える。普通三歳ともなると歩いてくれそうなものであるが、弟が抱っこされていると娘は羨ましい。妻一人しかいない場合はあきらめるのだが、私がいるとダッコと抱きついてくる。どんなに疲れていようとも、娘にねだられた父親はついつい抱き上げてしまうのである。

 このような状態では講演会など不可能なので、ベビーシッターを雇うこととした。とはいえ日本語しか話せない子供達を現地の人に任せるのも勇気がいる。よって今年は妻の母に御同行願うことになった。ところが妻の母は一つ条件を付けてきた。妻の父も連れていくというのである。ちなみに義父も建築家だ。海外の建築を見て歩くのは趣味ではあるが、それ以上に娘と旅行したいようである。妻の方も親孝行だと思っているようだ。

 結局のところ六人の大部隊となってしまった。勿論全員エコノミーの格安チケットである。先日ウィーンの空港で乗り換えの時、同じく建築家の長谷川逸子さんと遭遇した。その時の我々は二人の子供と荷物を抱え、ボロボロ。しかも両親まで一緒。その様がよほど可笑しかったのか、「難民みたいな手塚夫妻に会ったよ」と後々まで話の肴にされることになってしまった。まあモットモな描写なので、我々も結構楽しんでいるのだが。

そうした仕事の関係上、飛行機のマイレージが貯まる。よってそれを使って、身分不相応にも家族全員でビジネスクラスに乗ることもある。子供達はビジネスクラスの席が大好きだ。席が広いのはあたり前であるが、椅子に沢山ボタンが付いているのがうれしいらしい。マッサージだって付いている。ボタンを押すと椅子が前へ後ろへとモーターで動く。自分の椅子で遊んでくれているのであれば良いが、子供達は何故か私の椅子のボタンを操作する。ボタンで親が動くのが面白いのだろう。時差を解消したいのに、背もたれが起きたり倒れたりを繰り返して全く寝かしてくれない。

まるでチャップリンの「モダンタイムス」で労働者が食事マシーンに食べさせられているシーンと同じである。全く休まらない。息子はボタンに飽きると今度は廊下を歩き回り始める。しまいにはヨーロッパ人のキャビンアテンダントに、「機内では座っていなさい」と叱られてしまった。

 席に戻ると動けなくなった息子は泣き出す。泣きたいのは私である。結論から言えば、子供二人を連れていると、ビジネスであろうとエコノミーであろうと殆ど違いはない。何所そこの有名シェフが作ったメニューだって、味わっている暇などある訳がない。スープは一気飲み、テリーヌだって蒲鉾を口に押し込むのと何も変わらない。早くて簡単な食事。これが一番だ。これから航空会社は、「ウィダーインゼリー」を子連れのカップルには用意しておくべきである。

 当然のことながら映画など見られない。息子はテレビスクリーンと私の間にはまり込んで、コッチを向いて座る。飛行機から降りるころには、我々夫婦の眼の下にはクマができている。しかも降りるやいなや、二人は眠りにつき、十六キロと十一キロの二つの荷物に変貌する。二人を連れての海外旅行は、ウエイトリフティングのハードトレーニングである。

 ヨーロッパと日本の時差は七時間から八時間。当然のことながら子供には現地時間も日本時間もない。眠くなったら寝る。目が覚めたら起きるだけである。現地時間で昼過ぎにはコトンと寝てしまう。この可愛い寝顔にだまされてほうっておくと、夜に地獄が待っている。夜中の十二時。睡眠たっぷりの二人は、元気一杯起床する。我々は昼間は仕事があるので起きていなければならない。当然、眠い。娘はほうっておけば良いが、息子はまだ一歳。アッチへぶつけたり、コッチへ落ち込んだりして、十分おきにウエーン。親である以上、どうしても本能が反応して放っておけない。寝かしつけようと風呂に入れるが、時間的に彼らにとっては朝風呂である。眠くなる訳が無い。しかも我々が選ぶデザインホテルの風呂はものめずらしいことが多く、大ハッスルしてしまう。結局寝付くのは朝の五時ごろ。二時間寝ると、もう朝食の時間だ。

 我々はヨーロッパへ渡航すると、一週間ほど二時間睡眠が続く。日本に帰るとまた大変である。朝の四時ぐらいまで寝てくれない。よって朝は起きれない。かわいそうではあるが、保育園に行くため、心を鬼にして叩き起こす。当然のことながら娘はベソをかく。私は娘が泣くと悲しい。頼むから泣かないでくれー。

(初出:母の友2007年3月号 父の友)
(絵:佐藤直行)

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