屋根のない建築

前におもしろい課題を学生に出したんです。屋根のない建築。建築の本来の姿を、見つけていこうと。柱と壁と屋根があれば、建築だといっている。そうすると建築物と変わらないじゃないか。それを、ちゃんとわかるようにしようと。オーストリアのウィーン、ザルツブルクのサマーアカデミー、UCバークレーでもやってみました。

『屋根の家』の見学に行くと、みんなが屋根の家に上っちゃうんです。一日オープンハウスをして、わずか数時間しかないけど、450人ぐらいが来て、どんどん上っていく。まるでイナバ物置のCMのように。構造設計をした池田昌弘さんに電話をして聞きました。「何人ぐらい、屋根の上に乗っていいの?」「400人ぐらいにしてください」一気に400人は乗らないから、まあ、いいかと。
『屋根の家』に上った人たちは「この家の人は、どこに寝るの?」と。下の空間を通って屋根に上ったことを忘れちゃっているんです。屋根の上に、住んでいると思っている。

それでね、『屋根の家』の一番大事な部屋は、屋根の上なんですよ。一番大事な部屋に、屋根がないでしょ。だから屋根のない建築なんだって。これは屁理屈(へりくつ)。でも、じつは人間の本質を表していると思うんですよ。結局、屋根がないほうが、いい空間もあるんです。
あるいは逆に、壁のない空間がよいこともあって。たとえば、沖縄の〝雨端(あまはじ)〟です。軒先と部屋の中の間の空間。沖縄ではとても大事な空間で、風が抜けていくから、気持ちがいい。『屋根の家』もそういうところがあって、屋根がないところを喜んだりするわけです。

それでザルツブルグのサマーアカデミーでウイーンのお姉さんが、温泉の話を例えにして、おもしろい課題をやってくれました。「建築というのは、冬、寒い時は人間を温かくしてくれている」「雨が降っても、平気にしてくれている」「それから文化を持っている」それが、建築というものです。
温泉に入る時も、その条件を満たしている。雪が降っていても平気なの。上から雨が降ってきても、濡れているから関係ないの。温泉は大事な文化なんですよ。ああ、言われてみればそうだなって思いました。建築というのを解体していくと、快適性とか、そういう言葉でしか表せない。数値化もできない。どちらも、そういうものがある。温度というのは、そういうものに含まれていると思うんですよ。

宇宙船の中の気温のように、ある温度という指標だけを切り取って、建築の快適性を指標にしてしまうと、いい人生は送れない。そういうのがわからなかったら。