建築は値段じゃない

貴晴
僕らが大好きなレストランが、近くにあるんです。オーナーシェフでもある佐藤さんは、一人で料理を作っていて、予約ができないほどの人気のお店。人を雇うと質が落ちるといって、仕入れから皿洗いまで全部自分でやる。それで出てくる料理は、どれもうまくて。料理のサービスをする時、余裕があれば料理の説明もしてくれます。これは北海道のどこで作った芋で、それをソテーして、肉はどうのこうのと覚えていられないくらい延々と。それで料理を口にすると、どれも、すごくうまい。そしてシェフが最後にニコッと笑って「おいしいでしょ」と。この人、これだけのために生きているんだなって。すごい腕の持ち主なのに、商店街の一角の小さな店でやっているのはもいったいないと思うけど、彼は大満足なんですよね、きっと。

――全部一人でやるって、相当すごいですね。

貴晴
だけどね、じつは家庭のお母さんって、それに近い。買い物をして料理を作って、かたづけもやる。掃除、洗濯も家族のために全部やる。それで子どもが気がつくんですよね、その「おふくろの味」を。そのおふくろの味を作るために、母親はがんばっている。うちの子どもたちは、由比の味をすごい覚えています。よそのものを食べて、うちに帰って来て食事をすると「うちのごはんが一番おいしい!」と言うから。

由比
そうかもね。料理って、どんなライフスタイルめざしているかが、すごく現れると思う。『屋根の家』の高橋さんをうちに呼んでごはんを食べた時、「うちと味つけが似ているね」と言われて、なんか、そういうのが料理に出るんだなって。素材をいかすとか、何気ないこだわりとか、そういうものがふだん生活する様子に出ていて、全体につながっているんだなって。

貴晴
料理が建築と似ているのは値段と関係がない、ということもあるんじゃないかな。たとえば和牛100g3000円のステーキ肉を用意する。焼き方が下手だと最高級の肉でも、その価値はいかせなくて。その一方で、ただの素うどんでも、値段は高くないけどメチャクチャうまいものもあって。ていねいにとっただし汁に、茹で上がったばかりのうどんを入れて、その瞬間にうどんを食べる。作り手側の心がこもっているか、ないかでその差みたいなものが出てくるよね。建築も、百億円かけてつくった美術館と、三千万円でつくったギャラリーがあるとして、三千万円のギャラリーのほうが素晴らしいという場合があって、これが建築のおもしろいところです。

由比
以前、『料理の鉄人』というテレビ番組があって、毎回違うテーマで鉄人との勝負をするんだけど、ある時、料理研究家の人が出ていて、テーマはじゃがいもだった。「あれ、じゃがいもがどっかにいっちゃいましたね」って。それを見ていて、建築とすごく似ているなあと思って。芯になるコンセプト、今回はこれを生かそうということが、料理にもあるし、建築にもある。それをいろいろとやりすぎるとテーマが見えなくなっちゃう。そのテーマが見えなくなっちゃうと、どっちに向かって自分が走っているのかわからなくなっちゃうというものがあって、その辺もよく似ているなと思って。