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孤児院で入学試験?

2025/5/12

孤児院であるジャムセイ・ガッツァ(Jhamtse Gatsal))が入学試験をしていた。孤児でない子供達を一定数受け入れる為である。受験生は何一つ不自由がない良家の子女たちである。一見すると矛盾がある組み合わせであるが重要な含みがある。常識の観点に立脚すれば、孤児院の施設は孤児だけのために使われるだけであろう。孤児院には公共の予算なり寄付金なりが注ぎ込まれている。博愛主義という原理に従えば、孤児院に良家の子女が紛れ込むのは間違いである。

なぜ良家の子女が孤児院であるジャムセイ・ガッツァを受験するのか。それはジャムセイ・ガッツァの優れた教育に共鳴した親の存在がある。理由は二つある。一つはジャムセイ・ガッツァが著しい教育の成果を上げているということ。もう一つは愛情に包まれた環境で、優れた人格の子供達が育っていることである。

ジャムセイ・ガッツァはアルチャーナル ブラディーシュ州にある。インドの保護下にあるチベット文化圏である。中国が領土権を主張してる紛争地帯でもある。紛争は1960年代を最後に小康状態を保っている。面積は北海道とほぼ同じ8万?程度。そこに130万程の人口がある。その州の学力試験にて、ジャムセイ・ガッツァはトップ10人中9人を占める成果を出している。加えて大学進学率は95%。これは大学進学率が20パーセントに過ぎないインドに於いて極めて異例である。ジャムセイ・ガッツァの高校を卒業した学生の幾許かは、インド各地のトップの教員に就任しているという。ジャムセイ・ガッツァは都市から500キロも離れたヒマラヤ山中にある。電気の供給もままならず、しょっちゅう停電する。一車線の崖道を延々と巡った先にある。日本で例えるなら、離島の学校が灘高や麻布に匹敵する成果を上げているようなものである。インドの受験戦争は激しい。良家の子女は幼い頃から一日中、学問や習い事に明け暮れる。今多くの入学希望があるのは、この孤児院の教育が心身両面で優れているからである。ここの子供達は楽しく学び幸せに暮らしている。影はない。

この孤児院が良家の子女を一定数受け入れることにしたことには意味がある。孤児にとっては良家の子女が入ることで、外に対して偏見を抱かなくなる。「あー。普通の家の子達もやっぱり良い子にしてるなぁ。僕もああしよう。私もああしたい。」良家の子女にとっては。「孤児院の子供達も私と何も変わらない。良い友達になろう。」あたりまえに同じ目線で違う社会的に背景の子供達が付き合う。上から与える博愛主義ではなく、共に歩む未来を作る。

児童福祉施設を作る時にしばしば問題になるのは、地域の偏見である。日本では孤児院の建設に対する建設反対運動もしばしば起きる。孤児院には辛い社会的背景を持ち心的外傷を抱える子供達が多い。トラブルもある。事実である。しかしここジャムセイ・ガッツァでは愛情を持って育てることで、一般家庭に劣らない優しさを持ち知的に引けをとらない子供達が育っている。だから地域の親たちは、このジャムセイ・ガッツァに愛する子供達を送りたいと考える。地域はジャムセイ・ガッツァを愛する。支える。この素晴らしいさを世界に伝えたい。

Jhamtse Gatsal Children’s Community

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