インドの孤児院で沢山の帰る家のない子供達にあった。その村は日本よりずっと貧しくて、働こうと思っても仕事がない。結婚していても、戦争や事故で親は簡単に死んでしまう。死んでいなくても、片親になると子供を捨ててどこかへ行ってしまう。最初から一人で生まれて、道端で母親が死んでしまった子供。
ネットを見ると、「なぜ貧しいのに子供を産むのか。」「自己責任ではないか。」との書き込みが目立つ。それでも女性は子供を産む。それは本能である。人は命をつなぐために生まれる。「何のために子供を産むのか。」と世の人々は言う。人は何かをする生まれるわけではない。生きるために生まれるのである。人が社会というものを作り始めたのは、ほんの一万年前ほどに過ぎない。人権というものが真剣に語られ始めたのは、多く見積もっても200年程度。先進国のアメリカでさえ、アフリカ系の人々が自由にどこの大学へも行けるようになったのは、つい60年ほど前のこと。人類は数十万年生きてきた。そのほとんどの時代に国家も福祉も教育制度も存在しなかった。それでも人は子どもを産み続けた。今でも無意味な戦争の為に人は死に、多くの孤児が生まれている。それでも人は子供を産む。人は社会の準備ができたから子供を産むのではない。何十万年の昔から女性は子を産む為に生まれてきた。そして母親になる。この本能は変えられない。息をするように。お腹が空いたら食べたくなるように、女性は子供を産む。故に世の中の男も女もこの世に生まれ落ちている。社会が十分整ってから子どもが生まれるのであれば、人類は今日まで続いていない。
「問題のある親からは問題のある子供が生まれる。」と主張するSNSの書き込みが目立つ。私はそう思わない。Jhamtse Gatsalの子供達は立派に育っている。優しい子供達に育っている。私達が行くと「グッドモーニングサー。」「グッドモーニングマダム。」と言って抱きついてくる。コミュニティーに最初行ったときは戸惑ったが、いつしかあたりまえの日常になった。Jhamtse Gatsalでは95%の子供達が大学に行く。大学に行かなくても、ちゃんと働き先を見つけて、頑張って自分の道を歩いている。素晴らしい人格が育っている。
問題は子を産む母親ではない。もちろんシングルマザーになる事を薦めることはできない。しかし子供を育てる準備ができてから生まれる子供ばかりではない。人類はそうやって命をつないで来たのである。今幸せそうな家庭であっても、いつ不測の事故が起きるかわからない。増してやひとたび戦争が起きれば、家庭など簡単に吹き飛んでしまう。子供は母親を選べない。だから生まれてきた子供達に責任はない。

