Message

Back

ヒマラヤの山奥で北九州を想う

2025/5/12

ヒマラヤの山奥で北九州の希望のまちを想う。直線距離にすると3000キロメートル程に過ぎないが、地形は全く違う。しかし人々の顔は非常に似ている。慎み深い東八幡キリスト教会の教会員さん達と全くと言っても同じ顔である。お互いを思いやり悩みを分け合っている。抱僕にいるおじさんおばさんたちと同じように頑張って生きている人達がいる。

奥田牧師さんとここにいるGenlaの言うことはそっくりである。当然のことながら、このお二人の間に面識はない。東八幡キリスト教会のウエブページに載っている奥田牧師のメッセージを読んでいると、これをGenlaも読んだのではないかとの錯覚を覚える。Genlaには奥田牧師のような執筆の才能はない。語るだけである。建物もまだまだこれからで、多分完成まであと5年はかかる。建設は気が遠くなるほど遅い。希望のまちは既に着工している。

大切なことはこれだけ離れていて別の宗教であっても、正しい心を持ったリーダーの言葉は共通であるということである。希望のまちは始まりに過ぎない。豊かな日本にも常に貧困がある。貧困とは物ではなく、つながりの貧困であることを奥田牧師より学んだ。世界は競争社会である。自らが豊かになる事を望んでいる。当然である。お金がなければ子供を学校に通わせられない。子供に美味しい物を食べさせたい。家庭を守りたい。それが人間社会の原罪であるかのように、持たざる者達が生まれ、持つ者たちは目を背け始める。

どこで奥田牧師やGenla達はこのあたりまえのことに身を置くことに決めたのだろうと思う。奥田牧師の活動は、蝉が土の中で長い時間を得て地上に出てくるように、地道な活動の末に生まれている。世の中が見ているのは地上に現れ出でた後に過ぎない。2011年に奥田牧師から希望のまちの構想を聞いたときは、私は夢物語にしかとらえていなかった。もちろんその当時は「希望のまち」というプロジェクト名どころか、土地さえもない。北九州では工藤会が幅を利かせていた。この何もないところで生まれた空想が、最も問題が大きい土地で実現しつつある。蜃気楼が突然実物になるかのような奇術である。

この人達に出会うことができた私は幸せである。最近、世界銀行に関わるようになった。建築設計ではない。「世界の子ども環境はどうあるべきか」について考える委員である。世界にはこういう人達が沢山いる事を知った。世間にいるとそれは見えない。

建築家の仕事は出会いである。世の中には奥田牧師のような人がいて、人と友に歩む社会を作るお手伝いさせてもらう。ふじようちえんの加藤園長先生のような先見の明を形にするお手伝いをする。Genlaと出会って、子供たちの笑顔を貰い幸せになる。建築家は大変な仕事である。教え子たちにみんな建築家になれとは言えない。どんなに頑張っても上手くいかないことだらけである。難しい。しかし、それでもこの仕事について良かったと思う。人生を感じている。

以下「希望のまち」https://www.houboku.net/pj/kibou/

Facebookでシェア
Twitterでシェア