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木構造 学生への向けての雑文2

2025/12/8

木造

建築学科に入学した学生が最初に教わる工法が木造である。日本の住宅の殆どは木造である。普通であるが故に、一見するとつまらない。木造の面白さを味わう前に、殆どの学生は次の工法に移ってしまう。木造は全ての建築の母である。西欧における石造建築でさえよく見ると木造の名残を残している。コーニスの下に除く四角の羅列は垂木の名残である。外観が石造であっても内部の床構造は木造であり続けた。木は柔らかい。それ故に細工がし易く、創意工夫が可能である。そして何より、詳細から構造まで一貫した設計をすることができる。木は自然物であるから、人は安らぎを得る。

装飾か構造か

飛鳥時代に遡る日本の社寺建築は美しい。軒下には複雑な出っ張りがいっぱい突き出している。突き出しが多ければ多いほど立派に見える。さっきも「あれはお金持ちであることを見せる飾りなんだと思ってました。」という所員がいた。大学に入った頃の私もそうであった。そういえば霊柩車もおんなじような模様がついている。あのデコデコした飾りが多いほど、天国で上の階級に入れてもらえそうな気がする。

「日本建築の複雑な木組みは飾りではない。」これは本当でもあるし嘘でもある。時代を経るにつれ、機能が形骸化して仕来りに化けてしまった部分が大いにあるからである。しかし「所以がある」ぐらいは言える。全ての木組みが開発された当初は、全て意味があったのである。時代を過去へ過去へと遡るほど、見せかけの木組みは増える。しかしそれでも形式化された木組みは、本来あったはずの構造的意味を残している。

偽物の木造

近年では、構造的意味合いと関係ないどころか、所以とも関係のない怪奇な木造というものが流行っている。デザインは自由であるから、他の人々が何をしようと私の関知するところではない。しかし無意味なデザインがクリエイティブと誤解され、優良なデザインを駆逐して行く様は気持ちの良いものではない。陶磁器にせよプロダクツにせよ、良いデザインというものは、材料特性と表裏一体である。低温で焼いた飾りがない陶器には朴訥な美しさがあり、高温で焼いた磁器には独特の繊細さが有る。職人が木の特性を読み創意工夫を重ねた筆箱には、一生涯をかけて使い尽くしたい思い入れが生じる。そういう品と同じ棚に、巧妙に天目茶碗柄を印刷された大量生産品が並んでも一般人は区別がつかない。金属フレームを巧妙に隠した複雑な造形の筆箱を作っても一般人は区別がつかない。問題は専門家やメディアがその区別をつけられないところである。数年前の賞の審査で、熟慮を重ねて組み合わせた構造を、「こういう今流行のこれみよがしの構造は評価しない。」と審査員評をもらい憤慨したことがある。その審査員は偽物を沢山見過ぎて、本物を見た時にそれまで偽物と勘違いしてしまったのである。

大規模木造が引き起こす環境破壊

「木を大量に構造で使えば環境に優しい」と短絡化する行為は偽善である。木は光合成をする過程で炭酸ガスを吸収する。だからその塊である木を使おうという。これを根拠として大規模な木造が政府の大号令で推進されている。挙げ句の果ては超高層まで木造で作ろうとしている。木は弱い材料であるから、超高層の構造として使うと化物のように巨大な柱と梁になる。間違っている。如何に木が自然の材料であろうと、採り尽くしてしまったら自然破壊である。木造原理主義者は知らないのだろうか。江戸時代の日本人が山を丸坊主にしてしまったことを。たった100万人の都市の用に供するだけで丸坊主になったのなら、現代の1000万都市の用の為に木を切り始めたらどうなるのだろう。かつてイベリア半島は大森林に覆われていた。それを大航海時代の人間は切り尽くしてしまった。太陽光パネルが釧路湿原を破壊して大問題となったが、木材の無意味な大量消費も同様の愚かさを含んでいる。木は自然の恵みである。我々は自然に生かされている。自然物を頂く時は、大切に丁寧に推し頂くものである。そして末永く大切に使う。構造の倫理は如何に材料を大切に使うかという一点にある。優れた料理人は一本の大根を使い尽くす。葉も皮も捨てない。魚を与えられれば、肉ばかりでなく、骨まで使ってスープをとる。

斗栱

木は弱い材料である。弱いが故に人々はその材料を丁寧に読んだ。木は水を吸い上げるストローとして成長している。ストローを束ねた状態を想像してもらいたい。ストローの長い方向が強いが、束を横から押すと潰れる。その特性を棟梁たちはよく理解していた。その知恵が斗栱と呼ばれる柱の頂部には詰まっている。柱の上に梁を載せると、強い繊維方向の上に、弱く潰れやすい横方向が突き当たる状況になる。小規模な構造の時は、単位断面積あたりにかかる力小さいから問題ないが、大規模な場合はそう行かない。梁の横面に柱がめり込んでしまう。そのめり込みを避けるために、斗栱というものが生まれた。柱の上に強く潰れにくい材料を載せ、力を分散して梁へと伝えるのである。大規模になってくると、その分散の工夫が二段三段と重なると、二手先三手先という複雑な形状が生まれる。大規模な木造ほど複雑な手先を供えているのは、そういう理由である。それがいつの日からか格式と結びつき、たいして大きくない建築にも使われるようになった。小さな建物に斗栱は構造として必要ではない。形式だけが残る。そのなれの果てが霊柩車や神輿の木組みである。今や斗栱は日本人の心に和の一部として刷り込まれ、様式となった。一般の人達のほどんどはその所以を知らない。しかし少なくとも若き建築家や建築学科の学生はエチケットとして知っていなければならない。

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