「軒を借して母屋をとられる」という諺がある。この諺が死語になりつつある。街並みから軒が消えたからである。かつては「軒を借して母屋に入れる」習慣があってこそ成立した。日本文化の美談とも言えるが、日本建築の功績とも言える。モンスーン気候の日本は植生が豊かで、土壌が厚い。土壌が厚いということは、大概の石は土の下に埋まっているから掘り出さねばならない。その一方で木は豊かに生い茂っている。当然のこととして、石造建築文化は育たず、木造建築が巨大に発達した。木造に軒は不可欠である。木は雨に晒すと数年で腐ってしまう。よって母屋に限らず、門扉から塀に至るまで軒が少なからず付いている。それが近代の工法の変化によって、軒が必ずしも必要ではなくなった。それでも思い出のように、公園や店先には軒や雁木が残っていたが、いつのまにか消え失せてしまった。結果として空間所有の線引きは明確になり、街の懐が浅くなった。日本は雨が降る。夏は暑い。日本海側や北では雪も降る。その気候を凌ぐ上で、軒は有効であったのであるが、それが消え失せてしまった。消え失せた一つの理由として、招かれざる客が店や家の前に屯することを嫌ったという事情がある。ホームレスや行き先の無いティーンエイジャーがたむろさなくなった一方で副作用が出た。街に目的もなく出かける人が減ってしまった。かつてのアーケードの賑わいは、車で行きやすく雨や日差しの憂いがないショッピングモールに盗まれた。そしてホームレス問題や行き先のないティーンエイジャーの問題も解決しない。問題は軒ではなくそういう現象を生む社会にある。日常生活で見えにくくなっただけである。困った人がいれば手を差し伸べるのが正しい社会である。社会は綺麗事だけではない。豊かさの一方には貧困がある。その両端を見据え、幸せな社会を作らねば、日本の未来はない。世界を巡ると、古い街にはその地域にふさわしい中間領域がある。コロネードやロッジアである。いつの日からか日本は社会の拠り所となる、曖昧模糊とした余白を失ってしまった。街の活力は多様性にある。日本の街は懐の深さを復活させたい。
ロッジアというのは北イタリアの文化圏に長く存在している施設である。面白いところは、雨や日差しを遮る以外、特定の機能が存在しないという点である。行政とは隔離され、正式な議会が開かれることもない。マーケットではないので何も売っていない。ただ存在する軒下である。これを新潟県の三条市に作った。「雪国の軒下というのは愚かな思いつきである」と思われるかもしれないが、実によく使われている。いつも人が軒下に屯している。結婚式も行われている。「誰でもおいで。」という空間である。ここは室町時代から続くマーケットの真ん中。美味いものもある。雪国こそ軒下が必要なのである。かつて雪の街には雁木というものがあった。三条の縁側の床は少しだけあがっている。雪に埋もれないためである。もちろんバリアフリー。両端は全部スロープ。来る人は一才拒まない。受付なんかいらない。













