成城学園前駅の改札口から30秒。交番の隣にある階段を地下へと下る。青い門型のライン照明が控えめに人を誘う。席は少ない。ここで最高のジャズパフォーマンスが毎週行われる。最も優れた時期のスタインウェイが座る。スタインウェイの音は繊細で透明である。ピアニストの一挙一動が場を支配する。私が知りうる限り、これ以上に神経質な空間は存在しない。一つ一つの音が粒となり空間に降り注ぐ。
ピアノは室内楽として発展した。そもそもピアノは限られた人々の嗜みとして発展したから、大空間を前提とはしていない。後に大きなホールの為に巨大なコンサートピアノが発展したが、微妙な高音は遠くまで伝わらない。精々7メートル程度であろう。優秀なピアニストは、空間によって弾き方を変えることがあるという。高音は低音に比べ離れると減衰するからである。以前ザルツブルク音楽祭にて、舞台脇で招待教授として、名だたる方々に混じり、ショパンコンクール優勝者の演奏を聞く機会があった。近距離で聞くピアノの迫力はロックンロールをも凌ぐ。オーストリア大使館にてクトロヴァッツ兄弟のハンガリアン狂詩曲を聴く機会があった。当時フランツリストのパヴィリオンを彼の故郷ライデンにて計画中であったからである。ピアノとの距離は僅か1メートル。心拍数が上がる。
The Moment のジャズは一味違う。ジャズは観客と対話できる自由な音楽であるという。確かにコットンクラブやブルーノートの食事をしながら愉しむジャズの雰囲気は何事にも代え難い。しかしここには別の次元のジャズがある。薄いワイングラスのように磨き上げられたジャズ。繊細なドラムと深い深いコントラバスの調べ。
天井と壁は僅かに捻れている。いわゆるHPシェルと称される幾何学である。細い桟木を並べる。一本一本の高さは多少違う。その多少の違いが音に柔らかさを与える。幾何学に性格上、同じ角度で相対する面は一つとしてない。壁裏の吸音材はピアニストであるオーナー本人が現場にて調整した。壁裏には重低音の処理の為に、サーロジックという特殊な吸音板が仕込まれているのも、オーナーの思い入れである。





