本当の民主主義は大多数の独裁でない筈だ!
It’s about the freedom of of the self-determination and accepting the others and deference.
If I lose this war, the enemy is going to call us “terrorist”.
https://www.kw-berlin.de/…/christopher-kulendran-thomas…
これは本日ニューヨークのニューミュージアムで見たビデオからの抜粋である。急いで書きとっただけなので少々の間違いはお許し頂きたい。
引き込まれた。。。。長いビデオなのに、なかなか立ち去れなかった。日本ではタミールのトラはスリランカのテロリストとして報道されている。しかし、なぜ人はテロリストになるのか。なぜテロリストを支持する民衆がいるのか。
我々は、我々が見る報道は、「民主主義は常に正しい。」という前提条件の上に成り立っている、ということに気付かねばならない。独裁は民主主義よりも戦争を起こしやすいということは事実であろう。しかし、ウイルストン・チャーチルは言った。Democracy is the worst form of government, except for all the others that have been tried.” 民主主義は最悪の政治形態であるが、歴史上のいかなる政治形態よりもマシである。民主主義でさえも万能ではない。民主主義も一歩間違えれば大多数の人間の独裁となりうる。民主主義も戦争や虐殺を引き起こす。大切なことは二点。自分で物を決める自由があるか。他者の違いを認めることができるか。
ジョン・スチュワート・ミルが自由論において以下の警告をしている。
“Like other tyrannies, the tyranny of the majority was at first… held in dread… But reflecting persons perceived that when society is itself the tyrant—society collectively… its means of tyrannizing are not restricted…”
(他の専制と同様に、多数者の専制も恐れられてきた。しかし思慮ある人々は気づいた。社会そのものが暴君となるとき、その支配は政治的行為に限られない。)
我々は日本人は平和を感受している。しかし世界を旅すると、いかに日本の平和が脆い存在であるかがよく見える。「みなに幸あれ」という映画がある。たいして流行った映画ではない。ホラーである。しかしその裏にあるメッセージは強い。我々の幸せは誰かの犠牲の上に成り立っている。貧富の差こそあれ、世界から見れば日本は理想郷であろう。しかし、その幸せは多くの犠牲の上に成り立っている。民主主義は当たり前のように街に道に立ち込めている。しかし、実はその民主主義は実に脆い。民主主義にも表と裏がある。気をつけねばならない。

