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西粟倉村その5 そしてこれから

2023/5/8

牧氏のエーゼロという組織は何か。社名の通り共生叢である。その中でも。粘菌が近いと思う。粘菌は全体として意志があり、迷路も理解するという。しかし一部だけ切り取っていかに分析しても答えは出てこない。常識的に考えれば粘菌はあくまでも菌でしかない。個々の断片をいくら分析しても答えは出ない。大学という文部省の組織で研究すると、何事も定量化すると物事が明らかになって行くような気がする。一番炭酸ガス排出量の少ない手法はどれか。一番ゴミのでない産業は何か。その事業は数字として成立するのか?西粟倉で個々の事案を凝視すると、効率的とは言いにくい。しかしそれは部分だけ取り出すから非効率なのであって、遠くから見てみるとなんとなく成り立っている。森羅万象という単語の通り、世界は複雑で深い。人智は物事を単純化し純粋な形態を求めることで定理も模索し続けてきた。しかしエウクレディアスが語った通り、科学は真実の断面でしかない。非効率に見えてもその奥には巨大な氷山のような真実が隠れていることがある。どこが口でどこに目があるかわからない。そういう生命体に見えるのが牧氏である。

建築は多分に周辺環境に依存する生物である。だから窓もあるし軒もある。動物を飼育する時はその動物にとって理想的な環境とは何かということを考えねばならない。金魚鉢には藻や石が入っていて浄化装置が付いている。金魚を買う時はペットショップに行けばそこそこ揃うが、建築の場合はそう簡単に環境を買いに行けない。大概はある環境を受け入れて生き残る術を建築に作り込まねばならない。建築家は建物を作るにあたってしばしば敷地境界線を超えて遥か遠くまでおせっかいを始める。建築だけではどうにもならない場合があるからである。大概の場合ドン・キホーテのような無謀な戦いとなるが、牧大介氏や奥田牧師を見ていると「なんとかなる」気がしてくる。

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