私の失敗を書けという実に困った宿題が来た。ネタがないという事ではない。失敗なら山ほどある。我々の作品は全て一品生産であるから、それぞれの作品全てについて大なり小なり失敗が付録のようについている。ただ施主側にとっては笑って済まされる事項ではなく、我々の方としても施主に気づかれぬようそっと直しているのである。言うに言えない。しかしその中で絶対に苦情を言わない施主がいることに先ほど気がついた。私である。私相手であれば自虐ネタになりこそすれ、今後の我々の問題にはならない。自宅については気に入っている部分が多いが、色々と失敗もしている。その失敗一つをあげつらってみようと思う。
床の縮みが止まらない。事の始まりは小川晋一さんの作品の見学に始まる。その作品には寺のような幅広の材が床に敷き詰められていた。多分30センチはあったであろう。その住宅とは思えぬスケール感に感動して、自宅でも是非試してみたいと思ったのである。しかし小川晋一さんは綿密な計画と研究の上に実行しているのであって、うっかりそのまま表層を真似をすると痛い目に遭うということに気がつくのに時間はかからなかった。その当時我々の殆どの住宅を依頼していたイソダの会長も、「どうせ使うのは設計者本人だから自業自得だ」と気が大きくなっていたのであろう。「木場にいい米松の丸太見つけたから設えてあげるよ」と魅力的な誘いを送ってきた。板目なら30センチ幅、柾目なら20センチ幅が採れるというのである。色々と悩んだ末、元鹿島建設設計部長を務めた父親の意見を取り入れ、柾目を選んだ。結果は上々?新建築のページにも端正なカットが並んだ、ところまでは良いが・・・。半年もしないうちにどんどん縮んで隙間が3ミリ5ミリと空いてきた。イソダの会長に相談すると、「わかってたんでしょう?それでもやってと言ったじゃない・・・」とのつれない答え。そう言えば確かに警告はされていたが、「自宅だからいいや」と普通は働く安全装置を解除した覚えがある。その隙間に今度は当時一歳の娘が美しくコインを並べ始めた。これがうっかり踏みつけるとメチャクチャに痛い。キラキラと輝くコインの上半分は頭を出していて、それが足の骨まで食い込んでくる。さらにそれが進んでくると板が外れ始める。それをまた会長に相談すると、「そうそう。そういう時はお寺の場合は寄せて貼り直しすんだよ。やるかい?」とのこと。できるわけがない。お寺とは違い住宅の床には家具だのキッチンだのが色々くっ付いているのである。板を剥がすためにはその全てを外して付け直さねばならない。それにはお金がかかる。警告を無視してやったのだからイソダ会長のせいにもできない。35年ローンを組んだばかりの我々は青息吐息である。よって静観することにした。
すると今度はヤニが猛烈に出始めた。あっちもこっちもベタベタの琥珀色のヤニが宝石のようにキラキラと染み出してくる。なるほど製品化されているフローリングがそれなりの値段するのは理由がある。ヤニ抜きをしなければこういうことになるのかという事を実感した。イソダ会長は「だから松は腐らないんだよ。まあ焼酎で磨くといいよ。」と言うが、人様が飲むために醸造した焼酎を撒き散らすのには抵抗もある。そこで薬用アルコールを大量購入。しつこく拭き取ると綺麗になる。しかしそのまま放っておいたら今度はトゲがではじめた。当たり前である。アルコールで拭いたので表面の細胞成分が抜けてしまった。確かに私だって顔をアルコールでゴシゴシやられたらバサバサの赤剥けになってしまう。そこで今度はワックスを塗る。するとこれが臭い。ところが臭いのはワックスではないのである。米松は濡れると臭い。この臭いを匂いと書かないのは決して快適な香りではないからである。檜の場合は檜は風呂に使われるぐらいであるから、いい香りなのであるが、米松の場合は古雑巾のような臭いが立ち込める。これにワックスの匂いが混じると、たまらない。それが数日続く。もっとも子供達は気にならないようである。なるほど彼らはここで生まれ育ったのであるから当然である。懐かしい我が家の匂いなのである。いわば肥の匂いを懐かしいと思う農家の子供のようなもので、古雑巾の匂いが彼らの思い出の香りになってしまった。
そうこうするうちに今度は猛烈に床が汚れはじめた。それが汚れを通り越して真っ黒になる。柾目も板目もあったものではない。まるで焼肉屋の床である。原因は子供達だと判明した。子供達はナオミという名の園庭で裸足を推奨する保育園に通っていた。よって帰るときに靴は履いていても、足はサバンナに暮らす勇者と同じで外も中もあったものではない。勇ましく逞しい足裏に砂を大量に引き連れてくる。これがヤニと結合してアンコのような物質に練りあがっている。それが見る見るうちに満遍なく広がり始めた。もはや手の施しようがなくなり、遂に降参。黒練りの脂が床全域を征圧してしまった。
今の家に引っ越して12年。スチームクリーナーなるものを見つけた。高温の蒸気を吹き付けて脂を溶かす装置で、YouTube の広告映像を見ると換気扇の汚れもどんどん落ちている。これならということで購入した。結果はとれるとれる。1平方メートルでちりとりにかき集めるほどに垢がとれてくる。垢というのはその汚れがとれる様が垢すりでとれる皮脂とそっくりだからで、ポロポロとクズのようにとれてくる。実に汚いところに住んでいた住んでいたものである。すると9才の息子が手伝うと言う。実に嬉しい。そもそもこの汚れは彼の脂を多分に含んでいるのである。ところがすぐ飽きてしまう。結局掃除しているのは私だけ。毎週末2平米ずつやってると、終わったところが汚れ始める。手塚由比は業者を頼んだらという。冗談ではない。ここまでやって負けてなるものか?私の戦いはまだ続くのである。
我が家の床下にはオンドル式空調が入っている。12年前のプロトタイプである。当時我々はオンドル式の含みがわかっていなかった。空気で床を暖めたり冷やしたりすれば気持ちがいいのではないかという、実に漠然とした勘に基づいて設計した。結論から言えば失敗である。冬は実に快適であるが、夏は足元がスースーするばかりで、頭は暑い。ちなみにその後施工した他の物件にはちゃんと冷房用のダクトが供えてあって、冷気は床を通さず上に吹き出す工夫がされている。失敗である。空気は暑いのに床だけがどんどん氷のように冷たくなってゆく。暑い空気の中で冷たい小川に足をつっこっんでいるような物だと思えば聞こえはいいが、四六時中足を冷やしているのは健康的ではない。ところがふと子供達を見ると床に這いつくばっている。なるほど這いつくばれば実に快適である。ということで暑い夏の手塚家は、一家四人身を低くして時には犬のように床に這いつくばって避暑をするという実に不可思議な光景が生まれることになったのである。
果たしてこの床は失敗であったのか。明らかにこの床は商品として失敗である。しかしこの聞き分けのない床は今や我が家のキャラクターの一部となっている。できの悪い子ほど可愛いと言うではないか。今や貼り替えるなどもっての他である。
新建築住宅特集コラムより。
(この文章は専門家向けなので悲喜交々面白可笑しく書いてあります。これはあくまでも自宅だから起きた事件であって、お客様への製品はきちんと対応しておりますので誤解なきようにお願い申し上げます。エッセイとしてお楽しみください。)