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西芳寺の苔 その2――俯瞰

2023/12/21

西芳寺の庭で個々の苔を研究しても答えは出ない。俯瞰が大切である。西芳寺の苔は多様性にこそ本質があるのであって、個々の苔をそのものは他の塔頭にある種族と何ら相違がないからである。雑誌に掲載された西芳寺の庭は日本津々浦々の苔庭と殆ど秀でることがない。むしろ取り繕われた現代の苔庭の方が鮮やかにキレの良い緑が艶やかに輝いている。その中で西芳寺の苔は古びた家具のように解れが見て取れる。不完全である。まだ一度も西芳寺を訪れたことがない方々はその違いを経験していない。目で見ると違うのだ。人の目は上下3度左右10度程度しか色と形を分析する能力を持たないのだという。その限られた視界でなぜ人は絵画や景色を理解しているのか。それは人の脳に存在する画像を再構築するプログラムにある。実のところ網膜にはカメラのように明確な像は投影されていない。忙しく動き回る眼球が限られた鍵穴からかき集めた情報を、大脳が再構築しているのである。よって人が見ている景色は再構成された虚像である。虚像であるが故に嘘が存在する。東京都市大学では2023年の今でもエコール・ド・ボザール独特の水彩画の手法を教えている。明るさや色の妙を教える為である。エコール・ド・ボザールが描く立面図や平面図の表す明るさは実像とかけ離れている。よってその画と同じ写真は撮れない。実はその手法が表す明るさの妙は頭の中の虚像に近い。人の目では明るいところの隣は暗く見える。それを強調する為にエコール・ド・ボザールの手法ではグラデーションをかける。人為的に作り込まれた苔庭では、一つ一つの苔の間の関係性が生まれない。明るいところは明るく、暗いところは暗い。よってインスタグラムに上げられた光景を頼りに訪れると約束通りの光景が広がっている。西芳寺の苔庭の場合は、無数の関係性が存在する。西芳寺の苔庭はしばしばスーラの点描画に擬えられるが、実のところそれよりもはるかに複雑である。スーラの点描の隣あった色は、画家の恣意性に依るところが大きいが、西芳寺の隣り合う苔の関係性は遥かに精緻である。相互依存関係であるだけではなく、互いに重なり合っている。その精緻な関係性を人の目は感じ取り、深い感動を無意識のうちに覚えるのである。西芳寺の樹木と苔は相互依存関係にある。苔に覆われた幹と、菌類を寄せ付けず樹皮が露出した樹皮。その下に広がる光と影。朝日が当たる側には明るく平坦な苔が育ち、西側には水を含んだ毛足の長いパンのような種族が盛り上がる。それが樹木の水気を守り滋養を与える。近年では樹木間の情報ネットワークとして機能しているという研究も見受けられる。西芳寺の苔庭が写真で表現し得ない所以である。

※写真は昨年秋に参拝した時の画像です。

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